この記事を読むメリット
- MRPの基本原理とSAPにおける位置づけが明確に理解できる
- SAPでのMRP関連のマスタデータ・トランザクションコード・テーブル構造が理解できる
- 実際の操作手順や実行結果の分析まで、実務レベルで活用できる知識が身につく
SAPのMRPは必要な資材を必要な時に提供する中核機能です。
しかし、SAP導入後も「MRPが動かない」「手配されない」といった声は少なくありません。
この記事では、MRPの概念から、SAPでの運用・設定・トラブルシューティングまでを体系的に解説していきます。関連マスタやコード、テーブルなどを整理して、初心者から中級者まで“現場ですぐ使える”内容になっていますので、是非参考にして頂けると幸いです。
この記事のポイント
MRPとは?
MRPとは「Material Requirements Planning(資材所要量計画)」の略称で、製造や購買においていつ、どこに、どれだけの材料が必要かを明確にし、納期に合わせて調達・生産計画を自動化するシステムです。
主な目的は以下の3点です。
- 必要な材料の可用性確保
- 在庫水準の最適化
- 生産・購買活動の計画立案
簡単に言えば、「いつ・どの品目を・どこに・どれだけ用意すればよいか?」を答えてくれるシステムです。
もっと詳しく💡MRPとMPSの違いとは
SAPの生産計画では、「MRP(資材所要量計画)」と「MPS(主生産計画)」が似たような役割を持つため混同されがちですが、目的と対象が異なります。
MRP(Material Requirements Planning)はすべての品目(部品や原材料含む)を対象に、BOM構成を展開しながら所要量を計算する一方、MPS(Master Production Scheduling)は重要品目(例:主要製品や制約資源を使う品目)だけに限定して計画を立てる機能です。
MPSを使うことで、まず主要品目の需給バランスを安定させた上で、MRPにより子部品など全体を展開するという二段階の計画戦略が可能になります。SAPでは、MPS品目に対してはT-CODE:MD41〜MD43で計画を実行し、通常のMRPとは分けて処理・管理できます。
SAP公式も、MPSは「計画の安定性と優先度管理のための補完的な手段」と位置付けており、大量生産やリードタイムが長い業種では非常に有効です。実運用では、品目マスタの「MRPタイプ」で対象を明確に設定することがポイントです。
MRP関連のマスタ
代表的なマスタを以下に紹介します。
最も重要なマスタは、品目マスタであり、MRP関連の設定が4つのタブに分かれているほどです。
今回は、MRPの機能にフォーカスして、品目マスタにおけるMRP関連の設定については、別の記事で紹介したいと思います。
品目マスタ
MRPを使用するには、該当のプラントで品目マスタが拡張されていることが必須となっており、MRPが対象とする単位でマスタ情報が整備される必要があります。
品目マスタ(Material Master)は、MRPタイプやロットサイズ、調達タイプ(内製品/外部調達品/両方)、MRPグループ、MRPエリア、MRPコントローラなど、MRPの動作そのものを制御する情報を保持しています。また、安全在庫、最大在庫、リードタイム、発注点など、MRPが所要量計算や在庫補充提案を行う際の根拠となる情報も提供保持しています。
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BOMマスタ
BOMマスタ(Bill of Material:部品表)は、製品を構成する構成品(部品・中間品・原材料など)の階層構造を定義し、どの構成品が何個必要かを主に定義します。
MRPはこのBOMマスタを展開して、親品目の需要から子品目(構成品目)の所要量を算出します。
その為、BOMマスタの正確性は、子品目の所要量の精度に直結します。特に代替品の設定や有効日付によるバージョン管理は、需要計画に大きく影響を与えます。
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作業手順マスタ/レシピマスタ
作業手順マスタ(Routing)やレシピマスタは、生産モデルによって使い分けがあるものの、両者とも主に製品を製造する際の各工程・リソース・時間を定義しています。どの工程にどのくらいの時間と作業がかかるかを管理しています。
これらは、リードタイム計算のベースとして使用され、所要量一覧表(MD04)の日程計算に影響を与えます。
「開始日から逆算して、いつまでに部品が必要か」を判断する際に、作業手順に基づいた所要日数が使用されるイメージです。作業手順が未整備だと、所要量の日程が不正確になるリスクがある為、注意が必要です。
もちろん、製造バージョンの登録も必須です。
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購買情報マスタ
購買情報マスタ(Purchase Info Record)は、主に、仕入先と品目の関係を定義し、価格、納期、数量条件などの調達条件を保持しています。
外注品目における納期(Planned Delivery Time)がMRPに提供され、調達リードタイムの計算に利用されます。また、調達タイプが“外部調達”の品目において、MRP実行時に計画手配を介さず、直接購買依頼伝票や購買発注伝票を自動で作成することが可能ですが、その際にこのマスタを参照します。複数の仕入先が存在する場合、供給元一覧と併用して正しい購買先を特定するための情報ともなります。
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供給元一覧マスタ
供給元一覧(Source List)は、品目に対して有効な購買先(仕入先)を定義し、どの仕入先がMRPで使用されるべきかを制御しています。
上述の通り、調達タイプ=“外部調達”の品目において、購買依頼伝票(Purchase Requisition:PR)または購買発注伝票(Purchase Order:PO)*作成時の仕入先決定に直接影響します。
*どちらの時に参照するかはカスタマイズやマスタ設定による
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そう通り!これらのマスタが正しく整備されて初めて精度の高い所要量計画が実現できるのじゃ!
MRP関連のトランザクションコード
T-CODE | 内容 |
---|
MD01 | 全体MRP実行|主にプラント単位でMRPを実行できます (全品目・全プラントで実行することも可能) |
MD01N | MRP Live|プラントや品目等の条件を指定し、MRP 実行をすることができます |
MD02 | 単一品目MRP実行|品目単位で多段階のMRPを実行できます |
MD03 | 単一品目の段階別MRP実行 MD02との違いBOMは展開されません |
MD04 | 品目在庫・所要量一覧の照会 MRPの実行結果を品目×プラント(MRPエリア)単位で確認可能 |
MD06 | MRP 一覧 (一括表示)|MPR一覧を照会をすることができます |
MD07 | 現品目概要|現品目概要を照会をすることができます |
MD4C | 多段階オーダーレポート|受注伝票や計画手配などの伝票に紐づく品目をBOMマスタを参考に展開し、所要量などを多段階でレポート化できます |
MDBT | MRP 実行 (バックグラウンド)|バリアントを指定し、MRP 実行をすることができます |
MRP関連のトランザクションコード
MRPの実行方法
MRPの使い方や機能をイメージしやすいように、前提条件やシナリオを用意しました。
MRPの使い方の一例として、ぜひ参考にしてください。(例はプロセス製造です)
前提条件
今回の例では、下記の品目およびBOMマスタを使用します。
また、完成品“FG1_DEMO”、中間品“SG1_DEMO”および原材料“RW1_DEMO”が全く在庫がない(在庫0)状態です。その他の品目については、十分に在庫がある状態です。
この時、完成品“FG1_DEMO”に対して多段階MRPを実行した時のシステム挙動を見ていきましょう!
品目/BOM情報の概要
MRP実行前の所要量確認
T-CODE:MD04を使用し、所要量一覧を照会します。
照会する時は、基本的に品目とプラント(またはMRPエリア)を指定し、実行します。
下記の例は、完成品“FG1_DEMO”のプラント“1710”の所要量一覧です。
1行目が、現在の利用可能在庫数量を意味しています。
2行目は、受注伝票7309(明細10)が登録されており、2025/7/4に100BTLを所要することが反映されています。
3行目は、独立所要量が登録されており、2025/9/15に150BTLを所要することが反映されています。
MRP 所要量一覧(MRP実行前)
このように、所要量一覧は現在の利用可能在庫数量と将来の所要量を日付ベースで確認でき、それぞれのレコードから該当の伝票に遷移することができる大変便利な機能です。
もっと詳しく💡
受注伝票の内容をMRPに反映させるには、以下の設定が必要です。
- 受注対象の品目が、品目マスタ上でMRPタイプ=PDなどのMRP対象品目として設定されていること
- 受注伝票の納入日程カテゴリが、所要量をMRPに反映する設定になっていること
②の具体的なイメージを以下の画像で説明します。
SAP MRP関連のカスタマイズ
MRP実行の選択画面
この状況でMRPを実行したらどうなるのかしら?ワクワク!
品目別のMRPを実行する時はT-CODE:MD02を使用します。
選択画面では、いくつかパラメータを設定し、Enterを押下するとパラメータの設定内容の確認を促す警告が表示され、さらにEnterを押下すると実行されます。
MRPは基本的に上書き実行であり、取消はできませんが、テスト実行が用意されています。
MRP MD02の選択画面
もっと詳しく💡
パラメータの代表的なものを以下に紹介します。
- 購買依頼登録:外部調達品に対して、購買依頼を登録するか/期間指定で購買依頼を登録するか/計画手配を登録するかを制御します。
- 計画モード:既に作成済みの計画手配に対しての処理を制御できます。例えば、取り消して再作成するのか、既存の計画手配に対して日程等を変更するのかを選択します。
- 日程計画:日程計画の精度を制御します。基本日程計画は、品目マスタに登録された総所要リードタイムのみを使用して日付を逆算して設定します。一方、リードタイム日程計画は作業手順マスタ等の作業時間、設備カレンダー、シフトなどを考慮して、詳細な日程を逆算できます。処理速度とトレードオフを考慮して選択する必要があります。
- 品目一覧照会:実行後に実行結果として、MRP実行した品目を照会できる。それぞれのレコードから所要量一覧の画面に遷移できます。
- シミュレーション:テスト実行モード。実行の結果画面で保存ボタンを押すと本番と同じように処理結果を保存できます。
MRP実行結果
選択画面で“品目一覧照会”を選択した場合は、実行後、下記のような画面が表示されます。
ここで、MRPが実行された品目とそれぞれの実行結果を確認することができます。
下記の例では、完成品のBOMマスタおよび中間品のBOMマスタが展開され、すべての構成品に対してMRPが実行されています。それぞれのレコードをダブルクリックすると、T-CODE:MD04の所要量一覧の画面に遷移します。
MRP実行結果(品目一覧)
実行ボタンを押下するとテスト実行でもMRP実行結果が保存されます。
実行ボタン押下後は、MRP処理にかかった時間や対象の品目レコード等のレポートが画面出力されます。
もっと詳しく💡
構成品目が正しく展開されない場合は、以下のポイントを確認することがおススメです!
- 構成品目のMRPタイプ
- 構成品目のMRPタイプが“ND:計画なし”等になっている場合は、MRPが実行できません。
- 構成品目のMRP管理者(MRPコントローラ)
- 親品目と異なるMRP管理者に設定されていないと、その構成品目までMRPが実行されないことがあります。
- BOMマスタ
- BOMマスタが存在していないと構成品を展開することはできません。もちろん、BOMマスタの有効期限が切れていたり、用途が製造やMNRP用でない場合も展開できません。
- 製造バージョンマスタ
- BOMマスタ同様に、正しく登録されていないと展開されません。製造バージョンは登録されているものの、ステータスが黄色の状態になっていないか確認してください。
それでは、各品目のMRP実行結果を実行前/実行後で比較してみていくぞい!
完成品の実行結果
MRP実行前後を比較すると、2行目に受注伝票による所要に間に合わうように、計画手配伝票(計画Od)が作成されていることが分かります。この日までに100BTLを保管場所171Aに入庫し、利用可能在庫を100BTLにする必要があると読み取れます。因みに、この完成品は、品目マスタ上で調達タイプ=内製品と設定されている為、今後の流れとしては、計画手配伝票から製造指図伝票に変換していきます。
また、独立所要量に対しても同様に計画手配が作成されています。
実行結果確認(完成品)
中間品の実行結果
次に、中間品では、完成品の所要量計算結果を受けて、3行目に従属所要量のレコード(従属Rq)が生成されていることが分かります。つまり、完成品を製造する為に、2025/7/30に30,000㎤、保管場所171Aに手配する必要があることを意味しています。それに伴い、調達タイプ=内製品であるこの中間品も同様に計画手配伝票(計画Od)が2行目に作成されています。
完成品の独立所要量に対しても同様に、従属所要量および計画手配伝票(4行目/5行目)作成されています。
実行結果確認(中間品)
在庫がない原材料の実行結果
原材料についても、中間品の所要量に対して、従属所要量のレコードが生成されています。そして、調達タイプ=外部調達と設定されているこの原材料は、3行目に購買依頼伝票(PR)が作成されています。
今後は、この購買依頼伝票を購買発注伝票に変換し、購買活動を進めていく流れです。因みに、マスタ設定により、直接購買発注伝票を作成することも可能です。
今回は、MRP実行時のパラメータにおいて、“購買依頼登録”の項目を“1:購買依頼”に設定し実行したため、すべての計画手配伝票は購買依頼伝票に自動変換されています。“2:開放期間内の購買依頼”を設定した場合は、開放期間内のみ購買依頼伝票に自動変換され、期間外は計画手配伝票として作成されます。因みに、開放期間の設定は、品目マスタのMRP2タブの“日程計画余裕キー”で、カスタマイズで定義した任意の日数に設定可能です。
実行結果確認(原材料1)
在庫が十分にある原材料の実行結果
一方、在庫が十分にある原材料はというと、下記の様に従属所要量のレコードのみが生成され、特に計画手配や購買依頼伝票は生成されていません。
実行結果確認(原材料2)
もちろんじゃ!
今回は簡易的な設定に絞ったが、MRPグループやMRP方針などの設定をすることでより複雑なロジックに対応することができるぞい!
MRPの関連テーブル
テーブルID | テーブル内容 |
---|
MDKP | MRP 伝票のヘッダデータ 品目やプラントの情報が格納されています。 |
MDTB | MRP テーブル(T-CODE:MD04で照会される情報) MDKPのMRP番号をキーにして紐づいています。 |
PLAF | 計画手配伝票の情報が格納されています。 |
DBVM | 計画ファイルエントリテーブル MRP対象品目の選定やBOM展開要否などの判断に使われます。 |
MRP関連テーブル
もっと詳しく💡
SAPでは、MRP(資材所要量計画)を実行する際に、毎回すべての品目を対象にしているわけではありません。
T-CODE:MD02のような品目単位のMRP実行は別にして、T-CODE:MD01を使用したプラント・MRPエリア単位のMRP実行は、処理効率とシステム負荷の最適化のために、「本当に所要量計算が必要な品目だけ」を選別しています。この「対象品目の選別」に使われているのが、計画ファイルエントリテーブル(DBVM)です。
MRP関連テーブル-DBVM
テーブルDBVMにおいて、特に重要な2つの項目について解説します。
項目GSAEN(正味変更計画)
- 変更があった全ての品目に対して立つフラグです
- 品目マスタ変更、所要量変更、在庫変動などのどんな変更でも
GSAEN = 'X'
が立ちます
- MRP実行(MD01)時の基本的な対象判定となります
項目AKKEN(正味変更 – 計画期間)
- 項目GSAENのフラグが立っていて、かつその変更が計画タイムフェンス(planning horizon)*内に該当するかどうかを示すフラグ
- フェンス外の変更(たとえば半年以上先の日程変更)では
AKKEN = ' '
のまま
- フェンス内なら
AKKEN = 'X'
にセットされ、フェンス内MRPの効率化に使用されます
*計画タイムフェンスとは、「今から◯日先までの期間は、MRPによる自動的な変更を制限する」という概念です。これにより、直前の日程変更や数量変更による混乱を回避することができます。計画タイムフェンスは、品目マスタのMRP1タブで品目ごとに設定でき、カスタマイズでMRPグループごとに設定できます。
まとめ
SAPにおけるMRP(資材所要量計画)は、製造や購買計画を自動化し、在庫の最適化や納期遵守を実現するための重要な仕組みです。
適切なMRP運用は、現場の調達リードタイム短縮や在庫コストの削減、さらには納期遵守の精度向上といった複数の側面で業務効率を向上させます。この記事では、MRPの基本概念から実行手順、関連するマスタ設定やテーブル構造に至るまで、実務に即した内容で網羅的に解説しました。
特に運用者目線で重要なのは、マスタデータ(品目、BOM、作業手順、購買条件など)が正しく整備されているかどうかを常に意識し、MRP実行前後の整合性チェックを徹底することです。MRPはあくまで“現状のマスタ情報に基づいて計画を生成する”仕組みであり、マスタに不備があれば誤った所要量や調達提案が出力されるリスクがあります。また、トランザクションコード(MD01〜MD04)を活用して、日次・週次での自動実行や定期的なモニタリング体制を整備することも、安定運用には欠かせません。この記事がその一助になれば幸いです。
最後まで読んでくださりありがとうございました。